今日の一句
(51)
「花譜の館・別館」へようこそ。
多賀山
(たがやま)
[元・大山祇(おおやまづみ)神社境内跡]
の
桜
染井吉野
(そめいよしの)
樹齢
70年以上
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(最終回)
山の神去りにし跡の桜かな
(やまのかみさりにしあとのさくらかな)
1
(09)
ソメイヨシノ
(染井吉野)
学名
Cerasus × yedoensis (Matsum.) A.V.Vassil.
`Somei-yoshino'
日本原産種のエドヒガン系の桜
と
オオシマザクラ
の交配で生まれた日本産の園芸品種。
1936~1971
昭和
11~46
大山祇神社
(おおやまづみじんじゃ)
インターネット
の
水巻町ホームページ
みずまき昭和写真館
(二礦「山の神」拝殿)
によりますと
二礦「山の神」拝殿
(多賀山自然公園)
において、当時の拝殿の写真付きで、
日本炭礦(たんこう)の第二礦(だいにこう)の守護神として
通称「山の神」といわれた「大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)」の拝殿です。
「大山祇神社」は昭和11(1936)年、
愛媛県大三島の「大山祇神社」から御分霊(みぶんれい)を遷座(せんざ)したものでしたが
昭和46(1971)年の炭礦閉鎖に合わせ、御霊(みたま)を本社に返し、拝殿も取り壊されました。
と、説明しています。
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(00)
ここに、1936~1971年の間、大山祇(おおやまづみ)神社の拝殿がありました。
次の画像は、私が2014年3月31日に、ここ拝殿跡に生る染井吉野の一本桜を撮影したものです。
左、半分に花がなく、木が朽ちかけているのが解ると思います。
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今ではもう幹は枯れ、花はついていません。
ここ、元・大山祇神社の境内を含む多賀山は現在、水巻町の所有になっています。
そして、この元・境内の周りには、桜の染井吉野(ソメイヨシノ)の古木があり、毎年見事な花を咲かせます。
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4~6は元・境内の同じ木ですが、その幹の裏に、次のプレートがかかっています。
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よって、4月8日、現在この土地の所有者である、水巻町役場の都市計画課に問い合わせてみました。
すると、
これは、当時、ボランティアで草狩をしていた者が独自の推定で、掛けたもの
との回答を得ました。
そこで、樹齢約70年とみた根拠について問うと
当時のボランティアの方に聞こうにも行方も知れず
根拠は解らない
誠意があるとは思えない回答でした。
水巻町の所有物の木に、プレートを掛けられたことに対し、それを看過したことは結局、
このプレートを容認しているとしか思えません。
多賀山自然公園と銘うっている以上、町は積極的に根拠を調査する義務があると思いますが
いかがお思いになりますか。
いかにも、自分のところとは関係ないと言っているようです。
水巻町・都市計画課、あるいは、水巻町教育委員会、
の名を、このプレートに書き加えるか、
今すぐに、町の公式プレートを作成し直して掛けるか、看板を立てるべきだと考えます。
もし、水巻町役場の関係者がこのブログを見ておられるのならば、
樹齢の公式プレートを設け
また、此処が
大山祇神社拝殿跡であるという
碑か、立看板を設け
歴史遺産のPRに努めるべきたと思うのですがいかがでしょうか。
ご一考宜しくお願い致します。
天然記念物にも匹敵するこの、染井吉野の木を保存するためにも!
とにかく、この染井吉野は、
「花譜の館」が自信を持って全国の方々に、紹介できる古木の大樹であることには違いありません。
私見
(樹齢約90年)
とも
?
大山祇神社の拝殿が、1936(昭和11)年に建てられた時、あるいはその直後、
境内にソメイヨシノが植樹されたものと思われます。
その時、樹齢0年の苗が植栽されたとしますと
現在、2016年であり、
それからすると、現時点では単純に計算し、樹齢約80年とみるのが相当と思われます。
桜の植樹は、普通、幹周り20~30センチの10年ものの若木を用いることを考えれば、
樹齢約90年とするのが妥当のような気もします。
花息吹く幹は緑に苔産して
(はないぶくみきはみどりにこけむして)
注・それぞれ古語で
「いぶく」とは、呼吸する。
「こけむす」とは、苔が生える。(苔が生えるほどに)古くなる。
の意
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(13)
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(40)
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(32)
本ブログの画像は全て、多賀山自然公園(元・大山祇神社境内)にて撮影したものです。
撮影日は
3が2014年3月31日
4、5、10が今月(4月)2日
1、2、6、7、8、9、11が今月(4月)4日
です。
ご完読まことにありがとうございました。
梨雨