蔵出しの花
(11)
鐘馗水仙
(しょうきずいせん)
玄宗の悪夢一掃鐘馗なる
(げんそうのあくむいっそうしょうきなる)
1
ショウキズイセン
インターネットの みんなの花図鑑 によりますと
ショウキズイセン
(リコリス)
[鐘馗水仙]
学名
Lycoris traubii
開花時期
9~10月
花の色
黄
名前の読み
しょうきずいせん
(リコリス)
分布
四国から沖縄にかけて分布
海外では、台湾、中国、ミャンマーなどにも分布。
植物のタイプ
多年草
大きさ・高さ
50~60センチ
花言葉
陽気、元気な心
花の特徴
茎先に花径6センチから7センチの軽やかな黄色い花を横向きに数輪ずつつける。花被片の先は6枚である。花被片の先は少しそり返り、雄しべと雌しべは花から突き出している。葯 ( 雄しべの花粉を入れる袋 ) の色は黄色い。
葉の特徴
葉は線形で、花の後に出て、翌年の夏までに枯れる。
実の特徴
花の後にできる実は円柱形のさく果は円柱形のさく果 ( 熟すると下部が裂け、種子が散布される果実 ) で、緑色に熟する。
その他
別名を鐘馗蘭 ( ショウキラン ) という。
旨、解説されています。
2
闇の夜に躍る妖精鐘馗蘭
(やみのよにおどるようせいしょうきらん)
3
鐘馗
インターネットの ウイキペディア・フリー百科事典 によりますと
鐘馗
鐘馗 ( しょうき ) は、主に中国の民間伝承に伝わる道教系の神。日本では、疱瘡除けや学業成就に効があるとされ、端午の節句に絵や人形を奉納したりする。また鐘馗の図像は魔よけの効験があるとされ、旗、屏風、掛け軸として飾ったり、屋根の上に鐘馗の像を載せたりする。
鐘馗の図像は必ず長い髭を蓄え、中国の官人の衣装を着て剣を持ち、大きな眼で何かをにらみつけている姿である。
縁起
鐘馗の縁起については諸説あるが、もともとは中国の唐代に実在した人物だとする以下の説話が流布している。
ある時、唐の6代皇帝玄宗が瘧 ( おこり、マラリア ) にかかり床に伏せた。
玄宗は高熱のなかで夢を見る。宮廷内で小鬼が悪戯をしてまわるが、どこからともなく大鬼が現われて
小鬼を難なく捕えて食べてしまう。玄宗が大鬼に正体を尋ねると、「 自分は終南県出身の鐘馗。武徳年
間 ( 618年-626年 ) に官吏になるため科挙を受験したが落第し、そのことを恥じて宮中で自殺した。だ
が高祖皇帝は自分を手厚く葬ってくれたので、その恩に報いるためにやってきた 」 と告げた。
夢から覚めた玄宗は、病気が治っていることに気付く。感じ入った玄宗は著名な呉道玄に命じ、鐘馗の絵
姿を描かせた。その絵は、玄宗が夢を見たそのままの姿だった。
この伝説はやがて一般に広まり、17世紀の明代末期から清代初期になると端午の節句に厄除けとして鐘
馗図を家々に飾る風習が生まれた。
日本での鐘馗
日本では、江戸時代末 ( 19世紀 ) ごろから関東で鐘馗を五月人形にしたり、近畿で魔除けとして鐘馗図
を屋根に置く風習が見られるようになった。
京都市内の民家 ( 京町家 ) など近畿~中部地方では、現在でも大屋根や小屋根の軒先に10~20cm
大の瓦製の鐘馗の人形か置いてあるのを見かけることができる。これは、昔京都三条の薬屋が立派な鬼
瓦を葺いたところ向かいの家の住人が突如原因不明の病に倒れ、これを薬屋の鬼瓦に跳ね返った悪いも
のが原因と考え、鬼より強い鐘馗を作らせせて魔除けに据えたところ住人の病が完治したのが謂れとされ
る。
平成25年 ( 2013年 ) 12月、京都市東山区にある若宮八幡宮社の境内に日本初となる鐘馗を祭った鐘
馗神社が創建された。
と、解説されています。
払ひける鬼より強し鐘馗蘭
(はらひけるおによりこはししょうきらん)
[注・「こはし」とは古語で、つよい。勇猛である。恐ろしい。の意]
「しょうき」については上記参照。
(唐の玄宗皇帝の夢に現れ、小鬼を追い払い、病気を治したという故事から)
中国で疫病神(やくびょうがみ)・悪魔を追い払うという神。
目が大きく、ひげをはやし、黒冠・長靴をつけ、剣を執り、小鬼をつかんでいる。
強いものの象徴として、我が国では五月人形に作ったり、幟に描いたりする。
5
雄叫びを上げるが如き鐘馗蘭
(をたけびをあげているよなしょうきらん)
[注・「をたけび」とは古語で、勇ましく叫ぶこと。雄々しく叫ぶこと。の意]
6
7
画像は、全て本年8月2日来て九州市立は白野江植物公園にて撮影したものです。
ご完読ありがとうございました。
梨雨